【連載:ひとりIR担当が活用する本当の実務 #2】 IR担当者が最初に身につけたい基礎と実務環境

今回から、様々なIR実務のノウハウについて踏み込んでご紹介していきます。

2回目のテーマは、「IR担当者が最初に身につけたい基礎と実務環境」です。

新しくIR部門に着任した方や、兼務で実務を担い始めた担当者は、何から手をつけるべきか迷うものです。
また既にIRとして実務を担っている方でも、IRの根幹の考え方や基礎ツールなどで、いわゆる業務のスタンダードに触れる機会は少ないかと思います。

本記事では、IR担当者が最初期に整えるべき仕事のスタンスから、身につけるべき基礎的な実務スキル、そして最低限確保すべき業務ツールの選定について解説します。

本記事を通じてIRの基礎・基本を整理し、あなた自身と将来のチームのスタッフがより自社らしい、発展的な開示に挑戦するための強固な基盤を構築してください。

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全権大使たる職業倫理とスタンスの確立

世の中には様々な職業があります。職種の本質を見極める最短の道は、その「スタンス」を定義することです。では、IRのスタンスとは何か。

それは、資本市場という最前線に立つ自社の「全権大使」であることです。

IR担当者が発する言葉や提出する資料は、すべて会社の公式な意思として市場に刻まれ、投資判断を左右します。国を背負って異国で対話し、時にシビアな交渉を繰り広げる外交官のように、自社を体現して市場に挑む。投資家のフィードバックを受け、経営陣と検討する。その権限と重い責任を引き受ける覚悟こそが、IRという業務の根幹にあります。

私がベンチャー企業に着任した直後、ある不祥事が発生しました。対策会議にて、IRである私が「どの部門で対応を検討すべきか」と発言したところ、社長から「これはどう開示するかの話であって、IRのあなたがまず全体方針を提示すべきだ」と指摘されたことがありました。
私自身はこの時に、他部門が作成した情報をIRが開示する、いわゆる開示担当者スタンスではなく、会社の最終的な開示のリードと意思決定、そして開示に伴う説明責任を引き受ける覚悟が定まりました。

会社の業績と株価が好調であるうちは、大使としてのIRに対する資本市場からのアクションは友好的なものです。仕事としてはありがたい状況、しかし開示責任の重みを感じることは少ないでしょう。

一方で、業績の下方修正や不祥事など、投資家にとっての悪材料を開示する局面において、この職業倫理が試されます。
IRを担うものとしては、事実から逃げずに正確な情報を迅速に提供し、再起の計画を示すことが、長期的な市場の信頼を回復する礎となります。

これらをふまえ、上場会社を代表するIRとして遵守すべき基本原則、スタンスは、集約すると以下の3点となります。

  • 公平性
    • 開示可能な情報を、すべての投資家に、同時に届ける
  • 継続性
    • 業績悪化など不利な状況になっても、過去に定常化していた情報の開示を絞らない、中止しない
  • 正確性
    • 誤解のリスクを極小化するため、事実に基づく的確な表現を用いる
    • 嘘、大袈裟、紛らわしい開示をしない

様々なIRの業務遂行の前提として、このスタンスを意識しましょう。自然と日常業務のなかで、踏み越えてはならない一線として理解され、よって立つべき筋が明確化されます。

正しいスタンスの実務が、これからのIRとしてのあなたのキャリアはもちろんですが、結果として経営陣を守り、開示に対する市場からの信頼を獲得する土台となるのです。

基礎体力となる3つの必須スキル:財務会計・管理会計・文書力

次に、IRにとって必須のスキルについてご紹介します。

IRにとっての業務の基礎体力とは、他部署のスタッフや外部サービスに依存せず、自身の頭と手だけで、最低限の決算開示を完遂できる能力と考えます。

IR業務は、残念ながら普遍的・永続的な業務手順では完結できません。経営方針と事業環境も常に変化します。状況に応じて決算ごとにストーリーを組み直していくことが必要です。また社内でもIR業務のプロセスを理解している人も少ないために、同僚からサポートを望むのも現実的ではありません。
このため、IR担当者には独力でファクトを収集し、関係者と議論し、適切に解釈してストーリーを作成する基礎力が必須です。

では、IRに求められる最低限の基礎能力とは、具体的には何でしょうか?

  1. 財務会計を読み解く能力
  2. 管理会計の理解
  3. 高度な文章作成能力

この3点であると考えます。

財務会計を読み解く力とは、いわゆる簿記に代表される財務諸表の構造理解を指します。そもそも財務3表を正確に理解しないことには、決算開示は不可能です。簿記は標準化された体系的な学習コンテンツが豊富ですので、習得は比較的容易な分野です。IRとしては最低限簿記3級の知識が必須でしょう。それ以上に踏み込む高度な要素も企業開示の実務では多々現れますが、簿記の基礎理解があればキャッチアップ可能です。

一方、管理会計が扱うのは、全社計画や業績予想、事業単位のKPIなど、現在から未来に向けた数値です。財務会計が過去の確定事実・数値であるのに対し、管理会計には経営の意思と将来の推測が込められています。数値算出の前提条件やKPIの変動要因を正確に理解し、自社固有の管理会計の構造を把握することがポイントとなります。
経営陣や事業トップと同じ目線で管理会計の議論をすることで、経営と合意した説得力のあるストーリーとして、市場に発信することが可能となります。日ごろから営業、事業の現場とのミーティングを通じて、最新の管理会計数値を把握・理解しておく必要があります。

この、財務会計と管理会計のスキルを前提として、IRにとって本質的に重要なのは、高度な文書作成能力です。
「高度」とは、会社の意図を込め、適切な論理展開と構造で読者を説得し、想定通りの読後感を獲得させる能力を指します。

決算数値を資料に転記して、そのまま資本市場に見せておけば、投資家が勝手に、都合の良いように会社の意図を汲み取ってくれる、好意的に理解してくれると期待すべきではありません。
あらゆる商品がそうであるように、商品の質が高ければ、消費者が勝手に見つけて買ってくれる、と期待することが、マーケティングの失敗を招く構造と似ています。
どれほど優れた決算でも、あるいは期待を下回る決算であっても、決算数字の背景・変動に一貫したロジックを持ったストーリーを構築し、開示資料に落とし込まなければ、読み手に企業価値の本質は伝わりません。

では、文章作成力はどうやって高めるのがよいでしょうか。

私が実務で新たなIR担当者を育成する際に、文章作成力の育成のために実施していたのは、以下のような手法です。

  • 作成した文章の音読
    • 声に出して読んだ時に、発話に詰まったり、苦しさ、違和感を覚える箇所が、文章を調整すべき箇所です
  • 他者レビューの活用
    • 上司や同僚に文章をチェックしてもらい、第三者の観点で論理の欠落や飛躍を指摘される経験を重ねます
  • 文章力の書籍の活用
    • 書店には様々な文章力の良書があります。1冊を選んで、その思考フレームワークを愚直に反復し、極めましょう

ポイントは、自分の文章を書き手の立場から一段引き、客体化することです。主観と手癖で書いているうちは、無意識に脳内で文脈を補完してしまうため、論理の破綻に自ら気づくことは難しいものです。声に出す、あるいは他者の目を通すことで初めて、文章に潜む歪みや欠陥を捉えられるようになります。

特に音読は効果的です。過去に筆者(神山)は、多くのIR初任者の方に音読での推敲を勧め、そのたびに文章力の向上を目の当たりにしてきました。

文章作成力は、企業の公式見解を発信し続けるIR担当者にとって、最も重要なスキルです。一朝一夕で身につかず地道な努力を要しますが、開示実務において磨き抜いた文章力は、将来的にあらゆる業務で汎用的に活用できる、キャリアの強力な差別化ポイントにもなります。

生産性と安全性を引き上げる外部ツールの活用

最後に、IRの実務環境において、最低限導入したい外部ツールをご紹介します。

IR部門(より広げて考えると管理部門全体)は、直接的な売上を生み出さないために、システム投資が後回しにされやすい構造があります。このためOffice製品などの基礎的なツールしか利用できない環境で、少人数で膨大な、手作業の開示実務を抱え込む、労働集約的な状況に陥りがちです。

とはいえ、リソースの乏しい体制で高度な開示要求に応えるには、テクノロジーによる最低限の省力化が不可欠です。以下に、できれば導入しておきたい外部有料ツールを紹介します。

  • セキュリティ担保型の生成AIツール
    • データ学習を遮断した環境下で、リサーチや思考の検証(壁打ち)を高速化します
    • 今後も生成AIの性能向上は続き、同時に業務の置き換えが進行しますので、常に利用し続け、トレンドを捉えておくことが肝要です
    • 無料版では入力データが学習に利用される場合があるため、必ず有料版のオプトアウトした環境を選びましょう
  • 有料版PDF編集ツール(Adobe Acrobat等)
    • PDF上での直接編集・修正を可能にし、資料作成における手戻り工数を削減します
  • 議事録・書き起こし生成ツール
    • 日々の投資家取材はもちろん、様々な社内会議も、ツールを利用すれば議事録作成が大幅に効率化します
    • 投資家の取材は、対話の記録として価値が高いながらも、そもそも議事録が作れていない会社も多いようです。シンプルにテクノロジーで効率化できます
  • ナレッジ管理ツール(Notion等)
    • 業務の手順、ノウハウ、投資家との対話ログなど蓄積し、個人の暗黙知を組織のデータベースへと積み上げます
    • いずれIRが組織化していくときに、ナレッジが言語化されていることが、新規スタッフが業務へ習熟するスピードを高めます
    • 外部専門ツールでなくとも構いませんが、プロセス、ノウハウ、判断を言語化して記録に残すことが肝要です
  • PowerPointアドイン(ThinkCell等)
    • Excelデータとグラフを動的にリンクさせ、決算直前の数値修正・更新作業を効率化します
    • 開示資料の性質上、グラフを多用し、かつ継続的に開示すること、またやや込み入ったグラフはExcelだと手間なこともありますので、専門ツールに習熟することが効率的です

生成AIについては、思考の壁打ち相手として活用するアプローチも有効です。英文翻訳やテキスト下書き作成、リサーチといった直接の作業代行に加え、「AIに問いを設定させ、それに自分が回答する」プロセスを通じて、潜在的なストーリー・ロジックを整理できます。
「投資家から問われたら、即座に論理を組み立てて回答する」というIR担当者特有の行動習慣は、生成AIとの対話と極めて相性が良いと考えます。生成AIは、開示に慣れた自分の思考様式とは異なる、別角度からの質問を生み出します。AIから問いかけ、それに答える思考プロセスで、開示ストーリーのリスクを事前に検証することが効果的です。

なお、IR業務における生成AIの活用については、利点が多いですが注意点もあります。このテーマは別の機会に解説を譲ることとします。

まとめと次回予告

IR担当者が最初に身に着ける、準備すべき基礎は

  1. 企業を代表する全権大使として、開示のスタンスを正す
  2. IR実務を完遂するための基礎スキル
  3. 最低限のツールを揃える

この3点がポイントであると考えます。

 次回は、「【IR×生成AI】どれほどAIが発達しようとも、IR担当が認識すべき利用の本質」をお届けします。生成AIはIRにとっての欠かせないサポートツールになっています。取り入れやすい利活用法と、生成AI時代にIRが担うべき責任の本質がどこにあるかを解説します。

◆書籍のご案内

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出版社:中央経済社
編著者:神山 光  著者:片桐 さつき
内容:投資家と開示に向き合うIR担当者向けに「実務を掌握し、開示に全社を巻き込むノウハウ」を軸にご提案する、実務者必携の一冊。特に、日本の上場企業では大半を占める「ひとりIR担当」のサポートにフォーカスし、いかに会社組織に根付き地位を確立するか、さらにひとりIRからチームの組成に挑むためのメソッドまで、多様なIR経験に基づく幅広いノウハウを提供。全国の書店で販売中。

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