業務の重要性の向上と同時に、業務過多に悩まされるIR現場においても、生成AI(以下、AI)の活用は急速に広がっているかと思います。
事務・雑事の代行としてもさることながら、最新のAIは戦略・企画分野も容易に人間を凌ぐ質と量のアウトプットを提示可能です。この結果、ストーリー構築でAIに依存するあまり、開示資料や説明内容から自社固有の文脈や説得力が失われるリスクも顕在化してきました。
本記事では、IR業務でのAI活用の基本とその限界点、そしてAI時代だからこそ際立つIR担当者の役割について解説します。AI技術を効果的に扱いながら、資本市場から評価される情報開示を実現するために、守るべき一線を確認しましょう。
AIの役割は、思考の検証と作業の代替

まず前提を確認しましょう。IRにおけるAI活用とは、事実/ファクトの創出ではなく、論理の検証と作業時間を削減するための補助機能です。
AIは、文脈に応じた適切な文章を提示する能力に長けていますが、入力された情報以上の事実を生み出すことはできず、誤りを織り交ぜるリスクがあるからです。これは概ね皆様もご存じのAIの特徴でしょう。
IRにとってファクトはあらゆる開示の根拠となるものであり、事実の確認をAIに依拠してはなりません。事実はIR担当が社内から集め、自らの責任において確認し開示すべきものです。
本来、この姿勢はAI以前と変化はありません。スタッフが作成してきた資料を、マネージャーがファクトチェックをせずに開示していた時代も存在しません。主体がスタッフからAIに代わっただけです。
一方で、直接開示資料となるもの以外で、厳密なファクトが業務の本質ではないタスクでは、AIは無類の効率性と多様性を発揮します。
IR業務での効果的なAI活用領域としては、以下のようなユースケースが挙げられます。
- 取材や会議等での書き起こし、構造化、議事録整理
- 投資家視点での想定質問や、反論ポイントの生成
- 競合他社や同規模会社など、ベンチマーク企業の開示情報をもとに、エクイティストーリーの分析・比較
- IRの周辺領域、例えば株式・資本市場、証券会社、機関投資家、投資理論・会計基準等に関する理解促進
- 既存開示資料の構成の変更案作成
- 新規作成文書の校正、ロジック破綻の修正など、可読性の向上
- 翻訳コンテンツの作成(日英翻訳、海外企業のIR情報のサマリー等)
- 各社の現場に応じた業務用アプリの作成
データの確認と最終検証は人間が行い、AIはリサーチ、ドラフト作成と検証のツールとして位置付けることが基本原則となります。
またAIは、言葉通りの意味で日進月歩で進化しています。IR担当に限らず職業人としては、日々利用して、技術の最先端とは言わずとも、新機能には触れて、自身の業務に掛け合わせていく思考を続けることが、将来のシンギュラリティ後の業務設計に役立つでしょう。
AIを超える文章力が、開示資料の品質を担保する

高品質な開示に共通する、「読みやすく誤解のない文章」には、AIが出力する文章よりももう一段高い品質が求められています。
現状、AIの文章はかなり読めるレベルにあるものの、ビジネスレベルの観点で言うと、どこか浮ついており、自社の現実と地続きでない、あるいは実態とのブリッジが架かっていない不安定さを内包しています。皆様がAIの文章を読んだときに、「読んでもあまり頭に入ってこない」という読後感に囚われてしまう、その一つの原因です。
そのため、AIを用いて開示ドラフトを作成することは積極的に挑戦しつつ、必ず出来上がった文章を人間が、人間にとってスムーズに読める文章に練り直す工程をいれましょう。
これこそが、人間側のIR担当者にAIを超える文章力が求められる理由です。「てにをは」レベルの修正ではなく、自社の背景にある膨大な知見や制約条件、開示の思想を十分に内在化したうえで、AIの文章を推敲・校正する技術が、開示文書の品質を担保する鍵となります。
特にIRの書類は、PowerPoint資料等の制約上、短い文章で伝える場面が多く、ポイントを絞った記述が肝要です。結果として、本質的に重要なストーリーを体得しているIR担当者こそが、背景を知らないAIよりも、最も適切にそぎ落とした文章を構成できることが多いと考えます。
AIには踏み込めない、人間が守る3つの領域

AIの爆発的な普及に伴い、業務領域でも幅広く利用が進んだことで、AIに代替できない、人間が担うべき役割も、より明確になってきました。
IR業務における人間の領域とはなんでしょうか。筆者は、意思決定、組織調整、そして倫理判断であると考えます。
AIは過去データから説得的なアイデアや戦略案を提示することはできますが、責任とリスクを負って戦略を決定し、業務として実行し、開示することはできないからです。
例えば、自社に最適なKPIを定義する判断、開示に慎重な他部署と交渉して情報を収集する社内調整、不祥事や業績不振時の開示判断において、リスクを引き受けて行動できるのは、IR担当者自身です。
AI時代にIR担当者こそが担うべき領域は、以下のように纏められます。
- 未知の状況に対応して施策を選び取る意思決定
- 社内各部署の利害を勘案し合意を形成する組織調整
- 厳しい局面において開示の公平性と正確性を守り切る倫理観
このような高度なマネジメントスキルが求められる業務領域にて、自らが主導して責任を負う姿勢こそが、企業の開示情報に確固たる根拠と信頼性を与えます。
なかなか言語化しにくい現象ですが、AIの文章にはAIらしさが、IR担当が知恵を絞り記述した文章には開示の意思や魂のような感触が、そのテキスト上から滲み出てくるものです。価値の源泉となるテキストを、AIに依存してはなりません。
自ら語る、再演性の確保がAI活用の本質

最後に、AIとIRの活動の本質として、核心となる概念をご説明します。筆者はそれを「再演性」と名付けています。
IRの対話における核心とは、自らが作成したストーリーを、自らの言葉と姿勢を通じて市場へ提示することです。
ストーリーはまず、固定化したテキストの資料として開示されます。その後、投資家との個別取材での口頭回答、問い合わせへのメール回答、社内向けの情報共有・広報などと、手を変え品を変え、相手に合わせて同じ内容を何度も翻案しながら説明する、つまり、IR担当が淀みなく「開示したストーリーを再演し続けること」が必要です。
綺麗なテキストがあれば、自動的に投資家の企業理解が完結する、ということはありません。投資家はテキストを通じての理解を土台に、個別取材(つまり対話)を通じて、語り手であるIR担当の背後にある意思決定の深さや誠実さを確認し、開示情報の信頼性を測ろうとしています。
例えば、ある素晴らしい事業戦略をAIで生み出したとします。決算説明会では、状況を全く知らないスタッフが、AIで書き上げたこの完璧な戦略を、原稿通りに読み上げて説明したとします。
もちろん情報量は原稿通りなのでロスは無いのですが、その説明には重みや熱量がありません。役職や肩書以上に、語る言葉と自身のスキルに乖離が大きすぎて、全く自分の思想の表現にならないのです。
これは声音、読み上げの不自然さを通じて、想像以上に聞き手に不信感を与えます。
さらに、当然のことながら投資家からの質問には何も答えられません。語り手自身がストーリーを生み出していない、あるいはストーリーを理解する素養が無ければ、他者にストーリーを理解させることはできないのです。
自ら思考し社内を動かし、ストーリーを開示した経験があるからこそ、対話の場で説得力を持った説明が可能となります。
このように、テキストで開示したストーリーを、自身が胸を張って主張する、演じることが出来るか、すなわち再演性が、IRと開示における本質のひとつであると筆者は考えます。
いずれAIがシンギュラリティを迎え、人間以上の戦略・企画を出せるようになってもなお、戦略を決定し、開示し説明するのは人間であり、説明の場に立つのはあなた、IR担当です。
AIは活用すべきですが、IRにとって再演性を確保できているストーリーとなっているかが、守るべき業務品質です。
まとめと次回予告
【まとめ】
AIはIR担当者の作業負担を大幅に減らすツールです。しかし、資本市場との対話において重要なのは、AIで作成された美しい文章ではなく、その背後にある重い意思決定を背負った文章と、IRにとっての開示後の再演性です。
AI活用は今後も広がりますが、自らの意思で情報を組み立て市場と対話する責任は手放さず、ストーリーの作成を続けましょう。
【次回予告】
次回(第4回)は、「IR業務の重要指標、流動性を改めて理解する」をお届けします。
機関投資家が、投資銘柄に求める基準である流動性。筆者も様々なセミナー・機会を通じて都度その重要性を説明していますが、事例を紐解きながら、改めて流動性がIR業務の戦略設計に多大な影響を与えることを解説します。どうぞご期待ください。
◆書籍のご案内

『IR担当の仕事術 資本市場と経営陣の信頼を得る全手法』
出版社:中央経済社
編著者:神山 光 著者:片桐 さつき
内容:投資家と開示に向き合うIR担当者向けに「実務を掌握し、開示に全社を巻き込むノウハウ」を軸にご提案する、実務者必携の一冊。特に、日本の上場企業では大半を占める「ひとりIR担当」のサポートにフォーカスし、いかに会社組織に根付き地位を確立するか、さらにひとりIRからチームの組成に挑むためのメソッドまで、多様なIR経験に基づく幅広いノウハウを提供。専門領域の実務書として異例の反響で重版(第2刷)となる。全国の書店で販売中。
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